【NPO紹介】NPO法人SunPanSa

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NPO法人 SunPanSa(サンパンサ)

上村眞由理事長に聞く「今、大切にすべきこと」

2023年度のグローバル市民講座のゲストとしてお迎えする上村眞由さん。上村さんが「今、この社会のなかで何を大切にされているのか」をお聞きしたく、取材に伺いました。

「私はそんな、別に珍しい人間でもありません。」

取材をすぐに、上村さんは話します。

「生まれは紀北町です。今は合併してしまいましたが、海山町です。海山町は相賀と引本という集落が中心ですが、私が生まれたところは小浦という戸数が20軒を超えたことがない集落です。今は松阪に住んで三重県中を走り回っています。高校を卒業して海山、三重県を出て、また三重県に戻ってきました。20代後半です。松阪より北部の地域は非常に利便性が高いです。大阪、京都、名古屋に通勤通学できる。松阪市は生活圏として非常に便利でいい場所です。それでここに根を下ろしました。」

子どもたちの「成長」に学ぶ

「大学院に通っていた頃、収入源が必要となって、英語と数学の塾を始めました。とても楽しく、本業にしてしまいました。子ども達の成長は植物のように面白く、ずっと見ていたくなります。子どもは必ずしも右肩上がりの一直線に成長していくのではなく、階段を上るように成長していきます。階段を上がる時、成長するときにたっぷり栄養を与えることが大切です。成長していない時に栄養を与えても栄養にならない。逆に勉強が嫌いになってしまいます。子ども達の成長過程をしっかり見ながら、それぞれの成長のタイミングを観て教える。子ども達の成長をずっと見ていることが楽しかった。塾の仕事はとても気に入っていました。家族の状況等によって悩みや課題を抱えている子ども達、経済的に大変な子どももいました。その子どもたちは表情が暗くなるんです。子ども達には偏差値を上げるための勉強もしますが、それ以外の大切なことを経験させたくて、自分の趣味の押し付けで、近隣の山々やアルプスなど山登りに連れて行っていました。でも大勢の子ども達を連れていくには限界があり、日常的にできることがないかと考え、出会ったのがラグビーでした。ラグビーは社会教育に最適なスポーツだと思います。ラグビーのポジションは15種類あり、選手それぞれに役割があります。個々の能力の向上がチーム全体を強くしていく。近代オリンピック創設者クーベルタンが『ラグビーにヒントを得た。』と言ったそうですが、納得です。

One for AllとNo Side精神

わたしの行動が社会の役に立つ

「ボランティア活動の楽しさを知りました。ボランティア活動は、人間関係の輪をひろげます。自分の行為が他の人に何らかの形でいい影響を及ぼす可能性があることを知ります。ボランティア活動を子どもたちと一緒に始めたいと思っていました。海外生活の経験がある日本人と英語を話す外国の人と「松阪国際クラブ」を結成しました。交流パーティーばかりしていたので、皆、もう少し社会に貢献できることをしたいと思い始めました。また、会員の中から『日本では6年間も英語を勉強するのに話すことが苦手ですね。』何とかしたいと『高校生を対象にした英語スピーチコンテスト』のアイデアが出されました。企業の協力も得られ、入賞者には夏休み1ケ月アメリカ留学をプレゼントしたりしました。このプロジェクトはとても評価され、県教育委員会の施策になりました。

その後、何かをしようと思案していたら、メンバーのカナダ人から『テリーフォックス・ラン』の提案がありました。30年くらい前です。がん研究を支援する『Terry Fox Run in Mie』後に『生命の駅伝』に改名、が始まりました。医療・行政・県民が一体化して実施しています。大阪府、和歌山県、奈良県、岐阜県、愛知県、三重県の1府5県で行っていましたが、体力の限界やコロナで県域をまたぐことが難しくなり、ここ数年は三重県で実施しています。」

NGO活動

「1990年後半からは海外でのボランティアを始めるようになりました。インドネシアやタイ、東南アジアが好きでした。インドネシア旅行中に地元の学校に行って授業をさせてほしいと伝え、受入れてもらったこともありました。1999年からは、縁あって、ミャンマーにどっぷり入りました。

教育支援として学校を建設したり、就学困難な児童の里親教育制度を創ったり、ミャンマーの若い教員を対象にJICAの協力を得ながら三重県の学校での研修をしました。・・・現地の教員は毎年同じ授業をしていて、研修はほとんどされていない。ミャンマーの教員の給与が非常に安いことが理由です。給与が安いからアルバイトをしなければなりません。手っ取り早いのは、家庭教師か私塾です。学校での教育より塾での教育に力が入るようになる。塾に通えるのは塾費が払える家庭の子ども達であり、塾に通えない子ども達との学力の差がどんどん広がっていきます。学校に行かない子ども、義務教育を受けられない子どもが増えていく。ミャンマーの学校教育では毎年進級テストがあり、子どもたちは進級テストに受からないと進級できない。10歳を超える年齢で1、2年生の子どもたちもたくさんいます。学校に行けない子どもの中には売られる子ども達もいる。保護者の保護能力低下、または保護者不在になると、子どもを売ってしまう。

ミャンマー北部に児童養護施設をつくりました。

国内紛争による国内避難民の支援も始めました。辺境に逃れた彼らの生活環境は過酷です。教育機関はもとより、医療機関もなく、自給自足経済です。彼らを支援する活動は命がけです。」

松阪フィリピン協会をつくる

「三重県で日本語ネットワークを伊賀日本語の会の創設者とつくりました。その後各地域で日本語教室が広がっていきました。松阪市にはフィリピンの方がたくさん暮らしています。その当時、外国籍の人たちに自立意識が育まれるように『松阪フィリピン協会』をつくりました。当時、フィリピンの人たちはエンタテインメントビザで日本に来ていました。そして、ビザを延長するために日本人と結婚する人が多かった。しかし、日本人と結婚しても苦労が多く、泣きごとと苦情ばかりが寄せられました。松阪フィリピン協会では、話し合う機会を作ることを大切にし、フィリピンの人たちの自助努力のもとで活動した。フィリピンの人たちの自立、自助が育まれています。

少し前にフィリピンを襲来した台風で4000人以上の方が亡くなられました。被害がひどかったので義援金を集めました。そしてその義援金をどのように送金するかが課題となり、政府に渡すか、教会組織に寄付するか、などいろいろな意見が出たのですが全てノーの結論で。結局自分たちで届けることになりました。

2019年~2021年、松阪市・明和町・伊勢市・鳥羽市の海岸清掃を実施し、ゴミの分別と環境保全、社会参加を目的に、1回/月で行いました。収集ごみ処分には各自治体の協力を得ました。  

新型コロナウィルス感染症に関してフィリピンの人たちの情報源は日本のメディア情報ではなく、日本政府情報でもなかった。本国からの情報を得ていました。その情報にはフェイクがたくさんあり、これでは、ワクチン接種が難しい。正しい情報を流すためのFacebookネットワークを作りました。そこでワクチン接種に関する情報を流し、市の協力を得て、通訳付きの集団接種を可能にしました。」

東北大震災支援

「2011年3月20日から30日まで、岩手県大槌町でボランティア活動を実施し、6月から3年間、三重県産檜材を間伐し、山で自然乾燥、搬出、岩手県陸前高田市広田漁協に牡蠣筏材として、届ける活動をしました。このプロジェクトには三重県少林寺拳法連盟、他多くのボランティアが参加してくれました。」

NPO法人 SunPanSa 設立

「『生命の駅伝』のスタッフで、もうひとつ踏ん張ろうという思いで立ち上げた団体が「NPO法人SunPanSa(サンパンサ)です。ウクライナの医療に少し関わろうと活動をしています。社会的地位の高いメンバーを差し置いて、「言い出しっぺが理事長すべきだ。」との総意で私が理事長の任を仰せつかりました。81の病院が所属している三重県病院協会・三重県の医療会・三重大学・企業などの代表者で理事会を構成しています。設立初年度は中古救急車を贈る活動(現在3台を、年末には2台が内定しています。)と戦争で腕を亡くした傷病者を三重県に招聘して、リハビリ治療を行っています。これからもウクライナ支援を広げて行きたいと、模索しています。」

ウクライナ戦争に学ぶ

「NGO 活動する人たちは、『発展した国は、発展の途上の国に対して経済面や教育面などの支援をする。』ことを当然と考えています。

しかし、ウクライナは違います。経済・文化も発達し、質の高い労働力もある。ウクライナは豊かな国という印象があります。資源的にも面積的にもロシアに次いでヨーロッパで2番目に大きい。耕作面積もフランスの1.4倍。農業のみならず、工業も盛んです。人口は現在3000万人余ですが、かつては4,000万人余であった。激動のヨーロッパ歴史の中で独立した国です。しかも多民族、多文化、多宗教国家です。その多様性の中で国造りをしていた。そんな時に、危惧していたロシアが侵攻してきた。

ヨーロッパの歴史は『人類の文明史の中核』です。日本は215年も『鎖国』をしていたこと、『鎖国ができたこと』などヨーロッパ人には理解できません。私たち日本人は島国の特殊性、日本という国の地政学的特殊性を理解する必要があります。

現在、日本には約300万人の在留外国人が居て、今後とも確実に増加していくでしょう。人の国際移動だけではなくて、資源も食糧も70%近くを輸入に頼っている。私たちの国、日本は海外とつながりながら、依存し合いながら社会を維持している。未来を背負う子どもたちは、こういった社会で生きていく、という意識を大人が持たないといけない。鎖国ができる時代ではないのです。「政治家や教育者のみならず、私たち1人1人が考えなければいけない時期に来ている。」と思います。これがウクライナ戦争から学ぶことの1つだと思います。」

≪上村眞由さんのメッセージ≫

現在は、安易に大量の情報が入手できる時代です。しかし、その情報の信ぴょう性を疑いましょう。特に海外からの情報は、多くの機関や人が関り、偏向している可能性があります。私は出来るだけ現場を自分で見聞し、それをベースに情報処理をしています。現場を訪れたことがない情報は盲信しないように心がけています。特に、私たちはプロパガンダの怖さを多く学んできたと思っています。

私が最も危惧していることは、「日本の平和=世界の平和」です。私たち1人1人が社会づくりに意見を述べ、異なる意見を聞き、論争して妥協点を見出す。これに参加する国民が減ってきている。「君子危うきに近寄らず」、「個人の意見で社会が変わるわけがない」。傍観者、他人任せであることが君子だと思っておられる人たちが増加している。

そのうち、「私はこんな社会を次の世代に渡したい。」と考える人が少なくなって、大きな危機に直面するのではないか。・・・老爺心かな。

【取材】

日時:2023年7月28日(金)9:30~11:30

場所:NPO法人 SunPanSa、生命の駅伝、松阪フィリピン協会、松阪にほんごの会 オフィス

 

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