● 不安を覚えるNPO

   「提案を認めてもらえるかな?」

   「う〜ん、どうだろうね…」

   NPO「障害児を支援する会」(以下、支援する会)の二人のメンバーは、

  河北市役所の玄関を出ながら心配そうに言葉を交わしていた。

   「でもさ、市役所は大きい組織だから、清水さんの一存でものごとは決められないからな…」

   「そうだね…、これまでも一緒に頑張ってきてくれた清水さんに、期待するしかないね」

         *

   支援する会は、障害児の親たちが立ち上げた団体。

   親たちが少しずつ集まって、支えあうとともに障害児がより生活しやすい環境を

  作り上げるために社会にさまざまな提案を行ってきた。

   今年度、河北市が応募した「NPOの提案による協働事業」に、

  『災害時における障害者の行動・支援マニュアルの作成』を提案して採択された。

   その事業の一環としてさまざまな関係機関がかかわりながら

  『災害時支援手帳』を作成することとなった。

   障害の内容、かかりつけ医などの災害時に必要な情報を一冊にまとめるもので、

  障害者が携帯することによって、イザというときに役立ててもらおうというのである。

   原稿の作成については、支援する会が主導し、市は内容について助言や情報提供を行うほか、

  関係機関の協力取り付けなどを行った。

   支援する会のメンバーは全員、別に仕事をもっていることもあって、

  時には作業が遅々として進まないこともあった。

   市の担当者である障害福祉課主査の清水さんは、内心ヤキモキしながらも、

  遅れを指摘するのではなくメンバーを励ましてきた。

   休日に手伝いにいったこともある。

   そうして、信頼関係を深めていったのである。

 

    

   ● 行政のもつ「信頼」を活かしたい

   そして、この日、支援する会の二人は、ようやく出来上がった原稿を持って市役所にやってきたのだった。

   清水さんは、嬉しそうな表情で二人を出迎えた。


  清水

  「どうも、ご足労いただいてすみません」

  NPO

  「いやぁ、いろいろご心配をおかけしましたが、おかげさまでようやく出来上がりました」

  清水

  「いえ、こちらこそ力が至らず、いろいろご負担をおかけしました。

  本当にお疲れさまでした。いよいよ、印刷・製本ですね」

  NPO

  「はい。念のため、もう一度原稿をご確認いただいた上で、手配したいと思います。

  でも、その前に一つお願いがあるんです…」

  清水

  「どうしたんですか?」

  NPO

  「実は、この手帳の発行者として、河北市の名前も加えていただきたいと考えているんです」

  清水

  「どうしてですか?

  私たちもいろいろご協力はさせていただきましたが、ほとんど皆さんがつくったものですよね?」

  NPO

  「『河北市』と入っているのと、入っていないのとでは、信頼感が全然違うんです。

  イザという時に、この手帳を信用してもらえなければ、意味がないと思うんです…

  もしかして、原稿の中に市の考えと違う部分でもあるのでしょうか?」

  清水

  「いえいえ、そういうことはありません。

  しかし、市の予算でつくったものではないのに発行者に名を連ねるのは…」

  NPO

  「市とわれわれの協働事業としてつくってきたものですから、おかしくはないと思うんです。

  市の名前を刷り込んだからといって、お金がかかるわけでもありませんし…」

  清水

  「う〜ん、そうですね。

  確かに、より多くの障害者の方に使っていただくために、

  市の名前を出した方が良いというのは、あるかもしれませんね。

  何かと使いやすいでしょうし…

  ただ、市に問い合わせがきたら、答えられないことも多いので混乱するかもしれません。

  私の一存では決められないので、ちょっと庁内で調整させていただいてもよろしいですか?」

  NPO

  「ありがとうございます。お手数をおかけしますが、ぜひよろしくお願いいたします」

   
   こうして、支援する会の二人は心配そうに市役所を後にしたというわけだ。

 

      

   ● なぜ、この事業を行うのか?

   二人が帰ると、清水さんは早速、上司である坂井係長に相談した。


  清水

  「…というわけなんですが、坂井さんどう思いますか? 

  私は、障害者の立場に立てば、河北市の名を印刷することに意味があると思うんですが」

  坂井

  「う〜ん…。しかし、前例がないよな。

  市が全責任を負えない発行物に市の名義を入れるというのは…。もしも、苦情が市に入ったらどうするんだ?」

  清水

  「しかし、この内容でどこから苦情が来ますかね?」

  坂井

  「そりゃ、わからないけど、苦情が来るというリスクはゼロじゃない。しかも、これは命に関わることだよ。

  市としては、過剰なリスクを負うべきではないと思うよ」

  清水

  「逆に、市の名義を入れることで信頼して活用してくれる人が増えることによって、救われる命があるともいえますよね。

  リスクがあるからといって、断るのはどうも納得できません」

 

   押し問答のようになってきたところで、横で話を聞いていた桜井課長が口を挟んだ。

 

  桜井

  「二人ともちょっと聞いてくれ。

  なぜこの手帳をつくるのかという原点に帰るべきじゃないかな。

  災害などにあった時に障害のある皆さんはたいへん苦労される。

  その苦労を少しでも取り除くために作るんだよな?

  そのために、我々はどうすべきか、と考えるべきだ。

  坂井君の言うとおり、リスクについてはきちんと考えておく必要がある。

  しかし、だからといって、やらない理由にはならんと思うな。

  清水君、俺が関係部署に話をつけておくから、どういうリスクがあって、

  そのために、どういう対策が考えられるかについて資料を作ってくれないか」

  清水

  「ありがとうございます。すぐに作りますので、よろしくお願いします!」

   
   清水さんは、頭を下げるとデスクに飛んで戻り、資料づくりに取り掛かった。

   支援する会のメンバーの喜ぶ顔を思い浮かべると、自然に笑みがこぼれた。

 

はじめに

  

 

 

 
 【解説】

   NPOから提案があった時に、一部の疑問だけで協働はできないと判断したことはありませんか?

  一部のことで全てを否定することは、受益者である市民から質の高いサービスを受ける機会を

 奪うことになりませんか?

  「どうしたら受益者のために実現できるのか?」という"YES"からの視点を持ちましょう!

  また、協働する行政とNPOだけが"質の高いサービスが提供できる"という二者の視点だけではなく、

  受益者のためになっているかという第3の視点も持ちましょう!