

● 市民との対話は“時間の無駄”
和田主査が取り組んでいたのは、H商店街を舞台にした協働事業だった。
H商店街では、従来の商店会組合の活動に飽き足らない有志商店主がまちづくりグループを結成。
自発的にさまざまなイベントを仕掛けていた。
昨年、江西市の協働提案型事業に「シャッターアートによる商店街活性化事業」を提案。
商工課を窓口とする協働事業として採択され、和田主査が担当になったのだ。
「シャッターアート」とは、商店街のシャッターをキャンバスに見立てて絵を描いてもらうもの。
まちづくりグループが全国から描き手を募集するとともに、
市役所が小中学校や高齢者グループなどに声をかけて参加者を募る。
募集時に提出してもらう絵柄を商店主に見せて、
気に入ってもらえれば実際に絵を描くことができるという仕組みだ。
まちづくりグループは、協働事業を成功させようと、
連日のようにメンバーが集まって議論を重ね、準備を進めていった。
ところが和田主査は、月1回の定例ミーティングに参加するのみで、
それ以外はメールや電話程度のやり取りしかしていなかった。
彼にとっては、グループとの対話は“時間の無駄”だったようだ。
しかし、ある日、事件が起きる。
定例ミーティングのときだった。
打ち合わせの中で、和田主査は、当初の事業計画が“勝手に”変更されていることに気づいたのである。
例えば、シャッターアートの作品について、商店街を訪れたお客さんに投票してもらい、
グランプリには賞品を授与することになっていた。
さらに、Tシャツのデザインも全国から募集して、製品を商店街で販売する計画も付け加わっていたのだ。
「私はこんなことは聞いてないですよ? どうして勝手に計画を変更するんですか?
これは絶対に認められません!」
この発言に、グループのメンバーは驚いた。
「ええっ!! 何を言っているんだ?
月に1回くらいしか来てくれないから、何度か計画変更についてメールを入れて
確認したんじゃないか。返事も寄越さなかったのは君のほうだよ!
今さら、そんなこと言われたらたまったもんじゃないよ!」
こう問い詰められて、和田主査は「はっ」とした。
「そういえば…」
何通かメンバーからメールが来ているのを一読したが、
忙しさに紛れて返信を後回しにしたままだったことを思い出したのだ。
和田主査は、冷や汗をかきながら、その場をやり過ごすのが精一杯だった。
● 市民との信頼関係がパワーを生む
この件の報告を受けた高橋課長は、厳しく和田主査を叱咤した。
「君がどれだけ優秀でも、やる気のある商店主と力を合わせなければ、
商店街の活性化なんかできるわけがない!
たしかに市民グループとコミュニケーションは時間がかかるものだ。
グループ内の意見調整を待たなければならないこともあるし、
無理難題を持ちかけられることだってある。
だけど、自治体職員は、まず市民の話を真摯に受け止めなければならない。
そして、肯定できる部分を見つけて、積極的に取り組んでいく。
そういう姿勢が相手に伝わらなければ、信頼してはもらえない。
逆に、そうした手間を惜しまず、市民グループとの間にしっかりとした信頼関係を築くことが
できたら、すごいパワーを発揮することができる。
何がなんでも、市民グループとの関係を修復して、協働事業を成功させろ!」
和田主査はうつむいて課長の話をじっと聞いていた。
そして、すぐに市民グループのリーダーのもとに謝りに行った。
その後、和田主査は一念発起。
頻繁に市民グループの会合に参加するのみならず、
土日の商店街の清掃活動などにも顔を出すようになった。
そんな和田主査の姿に、はじめは反感をもっていた商店主たちも徐々に心を開いていった。
一度は決裂しかけた協働事業も軌道に乗り始めた。
何度も協議を重ね、市民グループが提案したシャッターアートのグランプリ企画は
実施することにし、Tシャツ企画は次年度の実施に向け準備をすることで合意。
それ以外にも、行政サイド、市民グループサイドの双方からアイデアをぶつけ合って、
協働事業は練り上げられるとともに、事業に向けての熱意も高まっていった。
そして、イベントは大成功。
全国から応募者が集まり、メディアの注目を集めたこともあって多くの人が商店街を訪れた。
● 足を運ぶことで“気持ち”が通じる
山下係長
「あのイベントは大当たりでしたね。
当初の事業計画に縛られていたら、ああはならなかったでしょうね?」
高橋課長
「そうだよ。あれこそ協働の成果だよ。
イベントの打ち上げで酔っ払った和田君が商店主たちと抱き合って喜んでいたのを見たときは嬉しかったね。」
飲み始めてはや1時間が過ぎようとしていた。
ほろ酔い気分の高橋課長が
「和田君遅いね?また、商店主たちと話し込んでいるのかな?」と腕時計を見ようとした
ちょうどその時、和田主査が店に到着。
「遅くなりました。話が盛り上がったもんですから」と席についた。
山下係長
「今年のイベントの話かい?」
和田主査
「はい。今日、Tシャツの試作版が出来上がってきたんですよ。なかなかいい出来なんですよ」
高橋課長
「じゃ、今年のイベントもうまくいきそうだね。
それにしても、和田君は商店主たちと仲よくなってから生き生きと仕事してるね?」
和田主査
「そうですね。とても楽しいですよ」
山下係長
「前は、『市民と一緒にやるなんてムダ』なんて言ってた人と同一人物とは思えないな?(笑)」
和田主査
「いやぁ、お恥ずかしいです。
でも、こうやって何度も協働相手のところに足を運べば、
行政も一緒に商店街を盛り上げようとしているという気持を伝えることができます。
それに、コミュニケーションが増えればお互いの考えることもわかるようになってきて…
なんでもっと早くこういう仕事の仕方をしなかったんだろうかって思います」
和田主査は照れながらこう話すと、ビールを美味しそうに飲み干した。

● 協働が「変化」のきっかけに
「どうだい? 山下君と和田君、軽く飲みにいかないか?」
終業後、しばらくたって江西市商工課の高橋課長が、二人の若手職員に声をかけた。
「いいですね。」
二人は声を揃えたが、和田主査は
「ただ、これからH商店街にちょっと立ち寄りたいので、先に行ってていただけますか?」
と付け加えた。
高橋課長はそれを聞くと、
「頑張るなぁ。わかった。じゃ、いつもの店だから終わったら来てくれよ」と嬉しそうに話した。
店について、ビールとつまみを注文すると、山下係長は
「最近、和田君も変わりましたね」と高橋課長に話しかけた。
山下係長
「以前は、市民グループに会いに行くなんてこと、めったになかったんですけどね」
高橋課長
「あはは、そうだったな。
和田君は、『市民と一緒にやるよりも、自分たちだけで進めたほうが効率的だ』って常々言ってたからな」
山下係長
「それが、今じゃ、足しげく市民グループの事務所に顔を出してるようです。
ところで、和田君が変わったきっかけは、去年、H商店街のまちづくりグループと協働でやったイベントでしたね」
高橋課長
「そうそう。あの時、市民グループとトラブル寸前までいったんだけど、それがいい薬になったようだ。
和田君は頭の切れる“秀才タイプ”だったが、あの件で一回り大きくなったな」
こうして二人は、ビールを注ぎあいながら、
和田主査の変化のきっかけとなった協働事業の話で盛り上がっていった。
| 【解説】 皆さんは、市民の方々との対話にどのくらいの時間をかけていますか? まずはじっくりと相手の話に耳を傾けてみましょう。受け止める姿勢、傾聴が重要です。 否定するのでは無く、肯定できる部分を見つけるのです。必ず何か気づきがあるはずです。
協働を行うには十分な話し合いが基本です。 時間をかけ、とにかく話し合って、お互いの意見をぶつけ合うことで、
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