はじめに

  

   ● 協働事業が突如“暗転

   「どうしたんだ? 浮かない顔をして」

   大西市NPO推進課の森川課長は、職場の紅一点である島田さんに声をかけた。

   思案を巡らせていた島田さんは、はっと我に返るように課長のほうに振り返った。

   そして、少しきまり悪そうに微笑んで

  「すみません。私が関わっている協働事業がうまくいってなくて…」と応えた。

   同市では、今年度から「市民協働」を重点施策に設定。

  パイロット的な位置づけのもと、いくつかの課でNPOとの協働事業を進めている。

   NPO推進課では、事業ごとに担当者をつけて側面支援に取り組んでいた。

   島田さんが担当していたのは児童課と商工課の協働事業。

   しかし、この1週間で双方とも協働相手のNPOとの関係を悪化させてしまったのだ。

   「状況を説明してくれないか?」

   森川課長の問いかけに、島田主査は「実は…」と経緯を説明し始めた。

  商工課が進めているのは、市内の観光スポットを巡るウォークラリー・イベント事業だった。

  協働相手のNPO法人「まちづくり観光協会」は、地元の若手商店主が中心になってつくった団体で、

 自由な発想と積極的な行動力でさまざまなイベントを成功させてきた“実力派”。

  商工課が観光イベントのパートナーを公募したのに対して、「ウォークラリー」というアイデアを提案。

  その実績が評価委員会にアピールして、協働相手に選定された。

 

 

  

   ● 「口出ししちゃ悪いと思って…」

   商工課とNPOとの協働の滑り出しは好調そのものだった。

   商工課担当の鈴木主査は腰の低い人物で、発想も柔軟だった。

   「観光イベント期間中に、地元の女子高生にチャレンジショップをやってもらったらどうか?」

  「夜にもお客さんに来てもらえるように、ナイトバザールをやるってのはどうだ?」

  NPOが次々に提案してくる、役所では思いつかないようなアイデアも「おもしろいですね!」と受け入れていった。

   実際、鈴木主査も楽しんでいるようで、島田主査にも

  「いやぁ、今までこんな楽しい仕事したことがないよ」と話していた。

   一方、NPOも

  「頭の柔らかい商工課との仕事はとてもやりやすい。観光イベントは絶対成功するよ!」と意欲満々だった。

   ところが、先日、鈴木主査は、しょんぼりした様子で島田主査のもとを訪れた。

   「NPOの人に『協働が何なのか分かっているのか!』って怒鳴られちゃったんです…」と泣きついてきたのだ。


  島田主査

  「一体、どうしたんですか?」

  鈴木主査

  「いやぁ、NPOの提案はどれも面白くて、期待していたんです。

  でも、イベントまで、もう時間もないし、本当に間に合うのか心配になってきて…。

  それで、『今まで黙っていたんですが…』って、どう考えても間に合わないものについては、

  実施を見合わせるように申し入れたんですよ。そしたら、

  『どういうつもりだ?』という話になって、最後にさっきの言葉を言われたんですよ…」

  島田主査

  「それは、何を今更って思われても仕方ないかも…。

  なぜ、ずっと黙っていたんですか?」

  鈴木主査

  「だって、基本的にNPOに任せていたわけだし、

  そんなに口出ししちゃ悪いと思って、気を利かせていたつもりだったんです」

  島田主査

  「そんなぁ…。疑問に思う点があったら、その都度確認をして、議論をしながら進めないと…」

  鈴木主査

  「とにかく、島田さん、間に入って調整してもらえませんか?」

 

 

  

    ● 「仕様書まで口を挟まないでほしい」

   話を聞いた森川課長は「あちゃ〜。」と天を仰ぐと、

  「それで、児童課のほうはどうなってるの?」と重ねて聞いた。

  島田主査は苦い表情になって、「それがですね…」と話し始めた。

   児童課が進めていたのは「子育てフォーラム」。

   市として子育てに関するフォーラムを開催するのは初めてで、しかも同課として初の協働事業である。

   入札の結果、事業受託したのはNPO法人「地域で子どもを育てる会」。

   子育てに関する幅広い活動を行う専門家集団で、隣接する江東市と協働で同様のフォーラムを実施した実績もある。

   独身で子育て経験がないため、不安をもっていた担当の菊野主査も

  「力強いパートナーで心強いです」と張り切っていたはずなのだが…

   3日前――。菊野主査が興奮ぎみに島田主査のところへやってきてこう訴えた。


  菊野主査

  「さっき、NPOと打ち合わせたんですが、『こんな仕様書じゃ、やる意味がない』って

  言い出すんですよ。やってられないですよ!」

  島田主査

  「ちょっと落ち着いて、ちゃんと説明してください。

  NPOは、仕様書は予め見たうえで入札に参加したんじゃないんですか?」

  菊野主査

  「もちろん。なのに、打ち合わせで、いろんな提案をしてくるんですよ」

  島田主査

  「どんな提案ですか?」

  菊野主査

  「仕様書では、専門家の講演とパネルディスカッションを行うように書いていたんですが、

  『単に講演などをやるだけじゃなくて、子育て中の親が交流して、

  知り合いになってもらうようなプログラムもあった方がいいんじゃないか』とか言い出して…」

  島田主査

  「でも、それっていいアイデアじゃないですか?

  確か、隣の江東市でやったフォーラムにもそんなプログラムがあって、好評だったって言ってたわ」

  菊野主査

  「しかしですね、大西市としては講演とパネルディスカッションをしたいから

  委託しているのであって、それをやってくれればいいんです」

  島田主査

  「ところで、仕様書って全部、菊野さんが考えたんですか?」

  菊野主査

  「そうですよ」

  島田主査

  「でも、菊野さんは子育て未経験ですよね?

  NPOのアドバイスをもらったほうが、参加者が本当に望んでいる内容になると思うんだけど。

  それに、本来、協働は仕様書を作成する段階からNPOに参加してもらう必要があるんじゃないかな…」

  菊野主査

  「そうかもしれないけど、委託事業ですよ?

  発注者である市が事業の方向性を決めるのは当然じゃないですか。

  でも、そう言ったらギクシャクしちゃって…。とにかく、島田さん、なんとかしていただけませんか?」

        *

   話を聞き終わった森川課長はため息をついて、

  「島田さんも苦労するねぇ。でも、頼りにされてる証拠。頑張って!」と激励。

   そして、こう話した。

   「協働って、行政とNPOが、一緒に考え、一緒に実践していくもの。

  だけど、慣れないとなかなかできないのかもしれないね。

  行政が発注側なんだからということで、ついつい見下したような態度になってしまったり。 

  あるいは、そんなふうに見られないようにって、むやみにNPOに対して下手に出て、

  言うべきことを言わなかったり…。

  でもさ、一番重要なのは、市民が満足してくれるために、

  力を合わせていい事業を実現するっていうミッションだよ。 

  それさえ見失わず、ホンネを語り合えるようになるまで対話を重ねることができれば、

  決して難しいことじゃないはずなんだ。

  島田さんから、鈴木君と菊野君にはそのことをうまく伝えてもらえないかな?

  それが、NPO推進課のミッションだからね」

   「はい、頑張ります!」。島田主査はニッコリ笑った。

 

 

 

 【解説】

 協働は一緒に考え、一緒に実施していくのですから、行政とNPOは対等でなければならないのです。

 対等な立場とは、下に見ず、おもねることなく、NOと言える関係、本音で語れる関係ではないでしょうか?

 対等であることを忘れて、NPOに対して、一方的に意見を押し付けたり、
 
 逆に全てお任せになっていたことはありませんか?

 何回も対話を重ねあって初めて本音で語り合ことができます。
 
  それにより、お互いの特性や違いを理解することができ、お互いの特性が活かされた協働に結びつくのです。