はじめに

  

   ● 尊敬する先輩

   今里市ごみ対策課の村上と申します。

   気が弱いこともあって、「もっと積極的に仕事に取り組め」と上司から叱られる毎日です。

   そんな僕ですが、実はひそかに尊敬している先輩がいます。

   同じゴミ対策課の木谷さんです。

   いつも、いろんな意見を取り入れて仕事をすることを心がけている方です。

   なかなか骨のある人なんですが、そのために一部の幹部職員からは不興を買うこともあるようです。

   この間、会議から戻ってきた木谷さんが、

   「村上君、君は、スポーツ課の渡辺君って知っているか?」と話しかけてきました。

   「はぁ、僕の同期です。」と応えると、

   「え! 同期なの? まったく、頭固いよね、彼。正直なところ、話にならないよ」と

  軽く頭に来ているご様子です。

   わけを聞くと、木谷さんがもちかけたNPO「ゴミ減らし隊」との協働事業の提案を

  スポーツ課が保留にしたのだと言うのです。

   「ゴミ減量キャンペーンと市民マラソン大会を組み合わせたイベントをやりたいと思って、

  ゴミ減らし隊の理事と一緒に相談に行ったんだけど、

  『そういう企画はやったことがないので…』とか何とか言って、全然、埒があかないんだよ。

  そんなこと、事業をやらない理由にならないよね? そうだろ?村上君」と聞かれて、

  「はぁ、そうですね…」とモゴモゴしていると、

  「村上君もはっきりしないよなぁ…」とため息をつかれてしまいました。

   ちょっとショックです…。

 

  

  

   ● 市民会議が空中分解

   でも、僕は心の中で「木谷さん頑張って!」と思っていたんです。

   だって、今では市長からも評価されている「ゴミ減らし隊」をここまで育てるのに、

  木谷さんはいろんな苦労をしてきたんだもの。

   あれは3年前のこと。

   木谷さんが「ゴミ減量に協力してもらうためには、

  市民の気持を理解した施策を行わなければいけません。

  そこで、市民から募集したアイデアをもとに、公募による市民会議で『今里市のゴミ減量大作戦』と

  いう指針をまとめて市民に周知します。そうすれば、きっとゴミ減量を自分の問題だと

  捉える市民が増えるはずです。」と環境部長に直談判。

   当事、今里市では市民会議などやったこともなかったので、

  幹部職員の大半は否定的だったんですが、

  木谷さんの熱意に押されて環境部長はGOサインを出したんです

  (まぁ、たいしてお金もかかりませんからね)。

   木谷さんが新聞記者にも企画を売り込んだこともあって、

  市民からは1000件を超えるアイデアが寄せられ、

  定員10人の市民会議にも約30人が応募してきました。

   ここまでは順風満帆。

   木谷さんの頑張りを内心「スタンドプレイしやがって」と苦々しく思っていた幹部職員たちも

  黙って見ていました。

   しかし、市民会議が始まってからはたいへんでした。

   10人の委員は、皆さん思いやこだわりのある方ばかり。

   だんだん意見対立があらわになっていったのです。

   特に、長年地道にゴミ減量に取り組んできた町内会副会長の女性と

  広告代理店を定年退職した男性の対立が激しくなりました。

   退職男性は「もっとプロモーションに力を入れるべきだ。」と主張。

   副会長は、「そんな浮ついたことではダメ!」と感情的になりました。

   そして、ついには市民会議が空中分解することになってしまったのです。

 

 

  

   ● 雨降って地固まる

   ここで勢いづいたのが、木谷さんを快く思っていなかった幹部連中です。

   「それみたことか。」「市の恥だ。」と一斉に批判を始めました。

   もちろん市民会議の委員からも、

  「あんたの仕切りが悪いからだ。」「どうするつもりだ?」と責められました。

   木谷さんが各方面に頭を下げて回る姿が痛々しかったです。

   ところが、この人全然諦めてなかったんですよね。

   ある日、「たいへんですね。」と声をかけたら、

  「まぁな。でもさ、市民委員が感情的に対立するのは、それだけ皆さんが本気だからだよ。

  それに、出ているアイデアはどれも素晴らしいんだ。ここで踏ん張れば、きっといい形にできると

  思うよ。」と話すんです。

   実際、仕事が終わってから木谷さんは委員の皆さんを個別に訪問して、

  もう一度、テーブルに着いてほしいと説得して回っていたんです。

   そして、「あんたがそこまで言うなら」ということで、3か月くらいかかりましたが、

  ついに市民会議が再び立ち上がることになったのです。

   そのときには、委員全員が木谷さんに信頼を置いていましたし、なんとか成案をまとめようと

  いう気持で一致していました。雨降って地固まるとは、このことですね。

   そして、喧々諤々の議論を経て『ゴミ減量大作戦』をまとめ上げました。

   新聞記者も経緯を知っているので、大きく報じてくれましたので、

  市民の認知度も一気に上がったんです。

   それに留まりませんでした。

   「せっかくここまでやったんだから。」と

  なんと委員たちが自発的にNPO「ゴミ減らし隊」を結成したんです。

   「これには驚いたよ。俺には何の相談もなかったんだ。でも、嬉しかったね。」と木谷さん。

  ごみ対策課では、今まで職員が行っていたリサイクル講座の企画運営を

  ゴミ減らし隊と協働で行うなど連携を進めていきました。

   その他にも、町内会とともに「ゴミ減量イベント」を成功させるなど

  目覚しい活動を展開しています。

   ゴミ減らし隊の活躍は市長の耳にも入り、たいそう喜んでおられたそうです。

   一度、木谷さんに聞いたことがあります。

   「はじめての挑戦って怖くないですか?」って。

   すると、「そりゃ不安はあるよ。でもさ、それ言ってたら、何にもできないじゃない?

  それにもし一度は失敗しても、本気で前向きに取り組んでいれば、

  きっと誰かが理解して協力してくれるようになると思うんだ」とニッコリしました。

  う〜ん、カッコいい!

 

 

 

  

   ● 「あんまり気負うなよ」

   こんなことを思い出していると、

  スポーツ課の同期・渡辺の対応に、ものすごく腹が立ってきました。

   そこで、僕のキャラではないんですが、渡辺に話をしにいったんです。

   すると、彼はこう言いました。

   「いやぁ、ゴミ減量が大事なのはよくわかるけど、急に新しい事業を相談されても正直困るよ…。

  市民マラソン大会とゴミ減量キャンペーンを具体的にどう一緒にやるのか見当もつかないし、

  準備や運営はNPOがやるっていうけど信用できるのかどうかわからないし、

  失敗した時のことを考えるとね…

  他の課と共同でやるとすると予算はどうすればいいのか…

  あまり面倒なことは考えないで、今までどおり普通にやっていければいいんじゃないかな…」

   僕は言ってやりました。

   「まったくガッカリだぜ。」って。

   そして、木谷さんの言葉をそのまま話してやったんです。

   「そりゃ不安はあるだろうけど。でもさ、それ言ってたら、何にもできないじゃない?」

   もしかして、俺、今、キマッテル? なんて思っていたら、渡辺の奴、

  「へ? じゃ、お前何かやったことあんのかよ?」って。

  強烈なカウンターパンチに一瞬たじろぎましたが、腹に力を入れて

 「俺がお前の立場なら、絶好の機会だからチャレンジするよ!」と言ってやりました。

        *

  その後、渡辺との一件を木谷さんに話したところ、嬉しそうに笑っていました。

  そして、軽く僕の肩を叩きながら、

  「応援してるよ。でも、あんまり気負うなよ。」と言ってくれました。

  何だか肩が、ほんわか温かくなったように感じました。

 

 

 

 
 【解説】 

   これまでにも市民とともに取り組んできた事業はたくさんあるでしょう?

   ですから「協働だから」と気負わず、これまでの業務の延長線上に"協働"があると考えれば良いのです。

   とはいえ、NPOとの協働で取り組む事業は、新たなニーズに対応する課題、経験したことのない

  手法など、「はじめて」のことが多いはずです。

  前例がないことに不安を感じても、市民のためには"失敗上等"というくらいの気持ちで、

  一歩踏み出し、挑戦しようとする意識を持つことが、よりよい公共サービスの創出につながるのです。

 

らち