

●「孤独死」問題に市議の批判
都市近郊に位置する安西市高齢者福祉課には、ピリピリした空気が流れていた。
そんな中、「山口君! ちょっと来てくれるかな」と稲垣課長の声が飛んだ。
山口係長は、「はい!」と返事をして席を立ちながら、
「さて、課長はどんな判断をしたのかな?」とつぶやいた。
「都市の中の過疎・高齢化」
これが高齢者福祉課に突きつけられた課題だった。
市内には、昭和40年代に建設された約3000世帯が入居する巨大な公団住宅がある。
かつては子育て世代が、こぞって入居し、子どもの歓声が響いたものだが、それも今は昔。
空き室が増えるとともに、独り暮らしの高齢者が激増しているのだ。
問題となっているのは「孤独死」。
先月、立て続けに2件発生したことから、市議が声高に問題にし始めたのである。
「1年以上前から指摘しているのに、高齢者福祉課は一体何をやっているんだ!」
「抜本的な対策を早急にたてるべきだ!」
批判の矢面に立たされた稲垣課長も、手をこまぬいていたわけではない。
庁内の関連部署と対策を検討するのみならず、水道局や郵便局など高齢者宅を
定期的に訪れる関係機関にも声をかけ、「見守り強化」を図ろうと汗を流していた。
しかし、なかなか組織的な動きにまでもっていくことができず苦しんでいた…。
●NPOから連携の提案が
実は、山口係長は、3か月ほど前に課長とこの件で“やり合った”ことがあった。
公団住宅の地元で活動するNPOから「独居高齢者の生活支援で市役所と連携したい」と
打診を受けたことがきっかけだった。
そのNPOは、もともとは子育てを終えた主婦たちが趣味的に立ち上げたレストランが母体。
「食」を核とした、さまざまな地域住民向けサービスを開発していった。
中でも好評だったのが、公団住宅に住む高齢者を対象にしたお弁当の宅配事業。
ところが、順調にお得意様を増やすなかで、異変に気づくようになった。
独居高齢者の厳しい生活を目の当たりにする機会が増えたのだ。
特に、孤独死の問題には心を痛めていた。
そこでNPO法人格を取得し、高齢者の生活支援に本格的に取り組み始めた。
お弁当の宅配時に会話をするほか、通院や買い物にも付き添う。
身体が弱れば介護保険に繋げ、生活に困れば生活保護に繋げるなど、
行政との「繋ぎ役」の場面も増えていった。
そして、「ケースごとに個別の部署と連携するよりも、行政とより横断的な連携をしたほうが、
高齢者の支援を充実させることができる。」と高齢者福祉課に申し入れてきたのだ。
「趣味でやってる団体に任せられるか!」
山口係長は、NPOとの打ち合わせや活動視察も行ったうえで、
「信頼できる団体で、財政的にも事業の継続性が担保されている」と判断。
独居高齢者対策のために庁内調整に難航していた稲垣課長に「連携すべき」と持ちかけた。
ところが、課長の反応は…。
課長「公共を担うのは官なんだよ」
係長「しかし、行政が全ての住民ニーズに応えられるんですか?」
課長「当たり前だよ。我々は納税者から負託されたプロなのだから、
行政のプロとして市民を導くのが仕事なんだ」
係長「だからといって、何でもかんでもできるとは思えません。
昨日元気だった高齢者が、今日体調を崩すかもしれない。
そんな事態にもきめ細かく対応するなんて、行政だけでは絶対ムリですよ」
課長「じゃ、行政の責務をそのNPOに任せられるのか?
だいたい、言っちゃ悪いが、奥様の趣味でやっている団体だろ?
事は命に関わるんだ。海のものとも山のものともわからない団体に任せられるか!」
係長「課長は自分の目でNPOの活動をご覧になったんですか?
現場で必要に迫られて活動している彼らと組まずに、いいサービスなんてできるわけがない。
それで結局つらい思いをするのは、一人暮らしの高齢者なんですよ!」
課長「そうならないように、俺は庁内を駆け回っているんだ!」
係長「なんで行政だけでやる必要があるんですか?頭が固すぎますよ!」
最後は売り言葉に買い言葉。
「もう結構です」と席を蹴った山口係長だったが、後で冷静になって
「課長の反応もムリないのかもなぁ…」と思うようになった。
というのは、稲垣課長が福祉部門に来たのは2年前のこと。
それ以前は管理部門が長かったこともあり、発想の仕方が違っていた。
一方で、難しい問題には自ら前面に立って交渉にあたる課長の責任感の強さに対する信頼感もあった。
「時間をかけて、じっくり課長を説得していこう」
そう考え直した山口係長は、機会あるごとに
「今度、NPOを一緒に見に行きましょうよ」などと声をかけるようにしていた。
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あれから3か月。
呼ばれた山口係長は、稲垣課長の前に立った。
さすがの課長も少し憔悴しているように見えた。
「まぁ、そこに腰を掛けてくれ」と課長は席をすすめた。
そして、少し言いにくそうに「君が言っているNPOを紹介してくれないか?」と切り出した。
聞くと、課長はこっそり例のレストランを訪れ、様子を見にいっていたのだ。
「お年寄りがたくさん来てるんだな。皆楽しそうに食事したり、おしゃべりしたり…。
現場でずっと高齢者に接している彼らには、高齢者のニーズを役所より先に把握することができるんだろうな。
彼らと組めば、たしかに心強い」と課長。
これに山口係長は、「もちろん、紹介しますよ。NPOも喜びますよ!」と声を弾ませた。
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【解説】 公共ニーズは、これからも減ることはなく、むしろ増えていくでしょう。 行政だけで公共を考えるのは限界なのです。 こうした課題に個別、具体的に、ひとつひとつ最初に向きあうのは行政よりもNPOではないですか? これからの「公共」は、行政だけでなく、NPO、企業等、様々な主体が 共に担うことが満足度の高い公共サービスにつながります。
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