理念と歩みから学ぶ NPO物語

理念と歩みから学ぶ NPO物語 Vol.36

東日本大震災から学び、三重県での災害に備える

みえ災害ボランティア支援センター
センター長 山本 康史
事務局長 若林 千枝子

三重県のボランティアの方たちの支援をする受け皿となる

開設された経緯についてお話ください

 三重県は阪神・淡路大震災以降、地域防災計画の中にボランティアの受け入れをするということを謳(うた)っていました。当時は三重県と「NADみえ」(災害ボランティアネットワークみえ)が協働で体制を組みました。「NADみえ」は一定の役割を終えて自然解散しましたが、それに代わる受け皿として「みえ防災市民会議」(当時は三重県防災ボランティアコーディネータ養成協議会)、そこに日本赤十字社や社会福祉協議会、ボランティア連絡協議会が入って月に1度会議を重ねていました。
 地域防災計画では、あくまで地元で災害が起こった時にどうするかということですが、それをもう少し拡大して、近隣で災害が起こった時も支援に行くセンターを作ろうということをマニュアルで定めていました。その中で東日本大震災が起こったのです。決して近隣の災害ではありませんが、あの規模はオール日本で動かなくてはいけないし、三重県からも何らかの支援を必ず行うことになるので、そのボランティアの方たちの受け皿として3日後の3月14日に開設しました。

多くの方々に支えられて

幹事会や事務局の体制、ボランティアの人数などお教えください。また活動展開の中でご苦労されたことは?

 幹事団体は3月11日に臨時会を開き、メーリングリストで情報を共有して動きました。それぞれの役割ですばやく動いていただき、今も資金の面や、センター設置場所の面、その他いろいろと力を出していただいています。官民協働でできている強みを活かした仕組みを作れたと思っています。
 事務局体制は現在有給スタッフ7人で、5人は三重県、2人は現地で雇用しています。2人とも被災者です。しかし、スタッフを雇用するまでの二カ月近くは、全部無償のボランティアで動きました。今も事務局のボランティアには、143名が登録をしていただいています。実際に現地に行かれた方はボラパック36便648名(18歳〜75歳)、延べにすると3,728人になります。それ以外に、泥まみれになった写真や思い出の品をこちらで奇麗にして戻すという活動(これは学校やNPO法人等19団体にご協力いただきました)、説明会をするときのボランティア、福島を中心に東日本から一時避難でこちらに来られている方々への支援のボランティアなど合わせると、相当な数の方・団体に関わっていただきました。
 9月には台風12号による東紀州地域への支援も行いました。これにはバスで19便、延べ568名に参加いただきました(途中3便は台風15号のため欠便)。短い時間の中でいろいろな判断を迫られることが多く、また事前のオリエンテーションができないため大変でした。幹事団体にもスタッフとして人員を出していただくなどご協力いただきました。

支援に行くことで得たものを地域へ返していく

活動から見えてきたことはどんなことでしょう

 ボランティアの本質は自律性、自発性だと思っているので、主体的に動けるような体制をとっていくことを考えていました。そういう意味でうちのボラバスにはお世話をするスタッフは絶対乗せたくなかったのです。参加者からは文句が出ることもありましたが、帰ってくると「これが三重県のシステムの素晴らしいとこや」と皆さん言ってくれます。それだけ苦しい思いを共有した後の達成感・連帯感ができるのだろうと思いました。
 帰ってきた人たちは、地域の防災のキーマンになり、津波で被害を受けるということや、そこでのボランティア活動のことなどを周りの人に伝える伝道師の役割も、担ってもらいたいと思っています。被災地で1週間生活をしてくるという経験自体が、ボランティアに行った以上に三重県にとっての財産になるだろうと思っています。ボランティア休暇の仕組みを使って欲しいという気持ちもありました。県職員含め連合三重さんがずい分これに協力してくれました。根付くきっかけになるといいと思います。
 東紀州災害支援の時、ボラパックを経験した人たちの多くは「センターの動きは遅い!」と文句を言い、センターの企画するバスを待たずに現地で活動していました。こちらが段取りしなくても行ける人たちが増えたのです。それは嬉しいことでした。ただ、これからの課題はその人たちがつながっていくにはどうしたらいいかということです。

側溝まできれいに

3年を目標に。被災地から学び、三重県での災害に備えつなげていく

これからの活動の方向は?

 開設期間は一応3年を目標としています。そこまでは何かしらのお手伝いはしたいという大きな思いがあります。三重県の南部では将来、必ず東南海地震で東北の被災地と同じことが起こります。私たちの支援している山田町では例えば、産業の大部分がまだ再開できていないとか、仮設への引っ越しで地域コミュニティが分断されてしまった等、躓(つまず)いていることが、見えてきています。では、三重県が今から取り組むべきことは何でしょうか。例えば、仮設住宅の敷地内にコミュニティつくりの場になり得る仮設店舗を置くような計画を事前にやっておく、避難が困難な人は事前に高台に住居を移す等。それを本気で「やる」か「やらない」かだけです。東日本大震災からひとつでも多くのことを学ぶことが、亡くなってしまった方、今も災害に立ち向かっている方に対して最低限私たちにできることです。真摯(しんし)に学び続けたいですね。
 今までボランティアというと若者と主婦と年輩の方が多いというイメージですが、今回のボランティアでは、それ以外の方にもかなりの割合で参加いただいています。これは大きな地域の力につながっていくと思うし、そういう人をもっと増やしたいと思います。
 平成16年にボラパックの冊子ができて、今でもそれが使われるように、今回も残せるものがこの活動期間で培われました。被災地支援、東北の支援というのは当然ですが、振り返って自分たちでできること、自分たちがしなくてはならないことにつなげていきたい。それにつながるような収束の仕方というのを、是非していきたいと思います。その前にまだまだやるべきことがたくさんあります。具体的に4月から運行するボラパックUでは、「趣味」など共通の話題を通じて友だちをつくる活動を予定しています。支援をする、されるという関係性ではなく、お互いに対等な人間同士の絆を作っていきたいと思っています。東北までバスで行く、ということだけでも敷居が高いと感じるかもしれませんが、行くことでしか感じられないさまざまなことがあります。ひとりでも多くの方の参加を期待しています。

国外からも参加してくれました

 

【データ】

〒514-0009 三重県津市羽所町700番地アスト津3階
Tel 059-226-6916
Fax 059-226-6918
E-mail center@mvsc.jp
ホームページ http://mvsc.jp/
センター長 山本 康史
事務局長 若林 千枝子
幹事団体 特定非営利活動法人 みえ防災市民会議
特定非営利活動法人 みえNPOセンター
三重県ボランティア連絡協議会
日本赤十字社 三重県支部
社会福祉法人 三重県社会福祉協議会
三重県
 防災危機管理部 防災対策室
 生活・文化部 男女共同参画・NPO室
 健康福祉部 社会福祉室