理念と歩みから学ぶ NPO物語

理念と歩みから学ぶ NPO物語 Vol.27

海をもう一度取り戻さないかん !

財団法人 東海水産科学協会 海の博物館
館長 石原 義剛

漁業のことを一般の人たちに知ってもらいたい

海の博物館(以下、「博物館」と略)の設立の経緯とミッションについてお聞かせください。

 元々は漁業の財団法人で、三重県の水産の振興と漁村青年の教育を目的に活動を長年やってきたんですけれども、そういう仕事は基本的には国や県の仕事になっていったんです。そこで、財団として新たな仕事を模索せないかんということで、初代理事長 *1 が、漁村青年の教育を行いながら、一方では漁業のことを一般の人たちに知ってもらう活動をやろうということで、博物館づくりが始まりました。
 博物館というのは基本的には、モノを集め、それを保存して展示をするというところに力点があるわけですけれど、それをもっと広げて、今の時代に活動していく博物館にしようと。当初は、失われゆく漁村資料に危機感を持ち、漁村資料を集めるということを一生懸命やってきたんです。漁村の人たちからモノをもらうだけでしたので、漁村の人にもお返しができないかということで展開したわけです。

*1 初代理事長:石原館長の父、石原円吉翁

収蔵庫

公害から海を守る

「SOS運動」というのは、何か危機感があってお始めになったのですか?

 「SOS運動 *2 」は開館のときから始めました。これは一つには、初代理事長が水産資源保護ということにすごく力を入れてましてね。漁村というのは水産資源が無いと駄目だという考え方でやってたんです。その当時は海の汚染が広がっていた時代でしてね。それが資源に非常に悪い影響与えるというので、その頃から環境を守らないかんと言いだしてました。我々も正にそうだと思ったわけです。

*2 SOS運動
SOS(Save Our Sea の略、救え!われらのいのちの海を)。海の博物館は情報誌「SOS」で海にかかわる情報を発信し続けています。海の環境はもとより、海の文化、魚介類の知識、漁業や船乗りのニュースなど、海の環境を守るための活動を長年、行っています。

未来の役に立つために

絶えず新しいことを模索されていると思いますが、そこで大切にされていることは。

 博物館というのは何のために資料を集めているのかというと未来の役に立つためにやってるわけなんです。だから、将来の利益というか、大げさにいうと人類の利益を図ろうということでモノを集めている訳です。一方では現代に対してどういうふうにして役に立つかということをやらなきゃいけないわけです。なぜこんなものが捨てられていくのか、放棄されていくのか、その裏には必然性があるわけですから、そういうものをきちっと見て、それを一般の皆さんに伝えていくということは博物館の大切な仕事です。

カツオの一本釣りを再現

海の森をつくるということ

地域への波及効果は?

 ここ2、3年の一番大きなテーマは、海をもう一度取り戻さないかん、再生させないかんということです。海をもう少し元気にさせないかんということで、海の中に森をつくろうということを一生懸命やっているんです。そういうものが、地域の皆さんに素直に受け止めて頂けるようになってきました。
それはウチだけの問題ではなくて、そういう社会になりつつあるんだろうと思うんです。
 今まではね、「森は海の恋人 *3 」という発想だったんですよ。すばらしい言葉なんですけれども、やはり漁師の発想なんです。海から見た場合に森というのは大切なんだという発想なんです。それを僕らはもっと広げて「海の森をつくる *4 」という考え方、それは陸(おか)の人間にとっても非常にかけがえのない大切なものだというふうにこれから広げていかないかんでしょう。意識が少しずつ出てきたように思います。この近辺では鳥羽市の学校は全面的に参加するようになってきたし、伊勢湾の中でも広がってきましたからね。

*3 森は海の恋人
宮城県気仙沼市唐桑でカキ養殖を行っている畠山重篤さんが提唱。川が運ぶ豊富な養分が植物プランクトンを育んでいることから、海に注ぎ込む川の上流部に植林運動を始め、海と森がつながっていることをアピールした運動は全国に広がった。

*4 海の森をつくる:豊かな海を取り戻すために海の中に藻場を再生する。

韓国済州島の海女たちとの交流

海ときちんと向き合っていく

今後の課題と将来展望について教えてください。

 それについては子どもらをドンドン海に出す、本物の海へね。本物に触れさせて、そこに生き物もたくさんいるという。その代わりひとつ間違うと海は怖いよということもちゃんと分からせる。それは絶対必要なことです。この頃の若い人は皆バーチャルになってしまってね、体験がないのに何でも情報はよく知っているという。日本人がもう少しちゃんと海と向き合っていく付き合い方というのを取り戻さなきゃいけない、それが最も肝要なことです。
 一方では、僕らは「海村(かいそん) *5 」というものを、そこに寄って立つ場として博物館をつくってますから、海を生活の根拠にして皆が元気になっていくというのは大切ですけども、ただ日本の社会というのは一方では東京や大阪や工業地帯を中心としたスクラップ&ビルドの消費社会をつくっているわけですよね。それと自然なる海とともに暮らす「海村社会」というのはどうも相反する感じがするんです。だから、そこはまだ僕はよく分からないんですけども、これからは「地域社会をどういうふうにつくり上げていくか」というのが大きなテーマになるんだろうと思うんです。

*5 海村: 海辺の村。漁村。

子どもたちによるアマモ(海草)の苗つくり

 

【データ】

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代表者 館長 石原 義剛
団体設立年月日  1953年3月26日