理念と歩みから学ぶ NPO物語

理念と歩みから学ぶ NPO物語 Vol.13

『地域の人に支えられてこそ
 市民活動団体の意義がある』

東紀州コミュニティデザインセンター
事務局 端無 徹也

ミニコミ誌の活動から中間支援組織へ

東紀州コミュニティデザインセンター(以下、「東紀州コミュニティ」と略)は、いつどういうきっかけで立ち上げられたのですか?

クチコミ情報誌「owasebon」

2005年9月に、私を入れて6人で、コミュニティやまちをデザインできる、行政や市民活動団体と協働していくような組織を作ろうよ、ということで立ち上げました。
東紀州コミュニティの前身でもある、ミニコミ誌を発行する“owasebon(尾鷲暮らしを楽しむためのクチコミ情報誌)”の活動等をしていた時に、高齢者主体で活動しているグループが数多くあって、「私たちの代でおしまい」とか「もうできない」と言っている実態を知りました。1つの団体は5人でも、2つ合わせれば10人になり、3つ合わせれば15人になる、それを中間的な立場でコーディネートするところが必要だということがわかったんです。

ニーズを拾い上げ、履行できる人材を確保する

どのような課題があるのでしょう

一つは、2005年に東紀州コミュニティを立ち上げて以降、同世代が主になっている市民活動団体が立ち上がってきていないことです。5年前にあった団体がもうすでになくなっているというなかで、支援したくても支援する先が少なくなっています。もう一つは、中間支援の作業で大変なのは、地域のニーズを拾い上げていくことと、それを履行できる人材がいるのかということです。ニーズはあるのに、それに対応できる事務局の人材確保に苦労しています。外部の希望者はいるんですが、今まで他で生活していた人が、田舎に根付いて、生活設計を立てながら活動をしていくというのはなかなか難しい。

財源の確保は?

資金がかからないようにしようと思えば、ある程度のことはできると思っています。しかし財源は必要だし、人が動くと基本的にはお金がかかります。僕がこういう活動に足を踏み入れた5年前、遊びや趣味に使っていたお金を、すべてこの活動に投入していくというのが元々のスタンスでした。結局、財源が尽きかけた時に、じゃあ議員になって、議員の報酬をつぎ込めばいいやと思って出馬したら、下馬評を覆して当選することができました。本来ならば、その地域に住む人たちで支えられて、はじめて市民活動団体の活動意義があるのではないかと思うんです。活動に当たっては、公的資金や補助金なども手段の一つですが、そういう資金に依存しなければやっていけないという、そのパーセンテージが高ければ高いほど危険だと思うんです。

地域の人たちのお互いさまをつくるには?

コミュニティカフェ CReAM Lab.(クリームラボ)

そうですね。5年前から営業しているコミュニティカフェで、地域の人たちと接していますが、カフェのお客さんたちからもそのような声が出てきています。最近は自ら来てくれる市民活動団体も出てきて、相談を受けることも多くなりました。それは、今まで信頼関係を培ってきた成果だと思っているんです。でも相談内容が「物件を買うためには、NPO法人になったほうがいいですよ、って行政に言われたんやけど、取得したあとに継続していくにはどうしたらいいのか?」とか、それって本末転倒じゃないかというようなものもあります。身の丈にあった活動をしている団体、細々と活動している団体を、地域で支えていくにはどうしたらいいか、そこに、中間支援としての役割があるように思っています。



ニーズをどのように捉えているのですか?

この地域のニーズも、都会と変わらないんじゃないかと思うんです。ただ人口が少ないというだけかな。1件や2件かもしれないそのニーズを、どうやって満足してもらうか。満足度を増していけば、それが地域に残ってもらうための最良の策だと感じています。行政のメニューは決まったものしかないので、そこにマッチしないとニーズに応えることができません。市民活動団体から積み上げていくメニューがあってもいいと思うんです。

尾鷲の出身ではないのに、尾鷲に惚れこまれた強い理由は何だったのですか?

これは僕の中で非常に大事な部分なんですが、東紀州というのは1つじゃないといけないと思っているんですね。たとえば、尾鷲市の中でも、昔の旧町内で分かれていることもあるし、住んでいる人の交流がわりとないわけです。地形的に山が深かったり、湾ごとの集落であったり…、でもそういう時代じゃないんですよ。熊野市や紀北町からの人材も必要なのに、誰かが意識の垣根を崩さなくてはならない。自分は熊野市出身ですが、一番やりにくいまちが尾鷲なんです。では、その尾鷲から発信していこうと。
もう一つ、自分がライフワークとしている災害救援活動があるのですが、この地域の地震と津波が懸念されるなかで、大きな津波が一度くれば、まちとしての機能が無くなってしまうのではと思ったのが大きな理由です。そう考えると、東紀州で想定される地震の津波による死者数が最大だったのが尾鷲市なんです。最悪の想定とはいえ、2万2千人の人口で、2千人が死ぬのを黙ってみているわけにいかない。ただ災害はいつ起こるかわからないので、日常的なイベントや、市民活動をしていく中で、地域や人とつながっていく。それが災害時にはきっと活かされるはずだと。自分の中ではわかりやすい活動だったと思っています。

行政とのかかわりはどうですか?

協力していかなければいけない人材は、実は行政のなかにいると思っています。そこと情報共有しながら、とりたてて行政でしなくていい事業を任せてもらえれば、今かかっている経費以上の結果 を出せると思うんです。しかし、きっかけをつかめないでいるのが現状ですね。ややもすれば、双方ともが同じようなことをやっていることもあるんですよ。
あと、尾鷲市の防災は、行政側が率先していて、避難勧告を発表するタイミングの速さや、災害要援護者の取り組みにおいては、全国でトップレベルなんです。ただ地域との意識のギャップも大きいのです。平常時は行政職員で回せるけれども、大規模に被災したときに行政は担当しきれないはずです。それを補完するのは、私たち市民です。生き残った人の中で、率先する人たちが住民を支えていくという状況をつくるには、行政と私たちのような活動をしている中間支援組織がコーディネートしていくことが重要です。

やがて僕らの活動がなくなっても、地域が動いていくのが理想

目指していることは?

地域に根ざした活動を、できる範囲からしっかりやっていくことが大切だと思うんです。行政が本来すべきことと、市民でもできることの選択が、必要となってきます。そのなかで、市民でできる部分の橋渡しを、東紀州コミュニティがどれだけ率先してできるかでしょうね。やがては、僕らのような活動がなくなっても、地域が動いていくというのを理想として持っているんです。

【データ】

三重県尾鷲市栄町5-33 CReAM Lab. 気付
Tel&Fax 0597-22-5554
E-mail kurage874@mbd.nifty.com
ホームページ http://crepm.exblog.jp/
代表者 募集中(現在は事務局のみ)
団体設立年月日  2005年9月1日
会員数 5名
会費 なし