理念と歩みから学ぶ NPO物語
今回からは、いままでと異なり組織にスポットライトをあて
三重県内の市民活動団体を紹介していきます。


特定非営利活動法人 三重県子どもNPOサポートセンター
語り手
田部眞樹子さん(理事長)
竹村 浩さん (事務局長)

すべての事業は子どもたちのために。

……様々な事業を行って、団体運営が複雑ではないですか?
田部/すべての事業は、三重県子どもNPOサポートセンター(以下、センターと略)のミッションを具現化するための現場ですから、事業名が違うだけという考え方もできます。
……団体のミッションとは?
田部/私たちが活動の基本に据えているのは、子どもの権利条約です。子どもの権利が当たり前に保障され、安全で安心して、豊かに、全人的に育つ環境を作るために活動しています。子どもの基本的人権を保障する基盤整備の一つとして、思いは県内すべての市町で子どもの権利条例がつくられることを願って活動しています。現在、条例があるのは名張市だけですから、2007年の虐待に関するフォーラムを、2008年では津市と共催、他のいくつかの市町や県ともご一緒して「第16回子どもの権利条約フォーラム2008inみえ」を開催しました。2009年は「子どもの権利フォーラム・マタニティフェスティバル」を同様な形で開催します。そうすることで関心の輪を広げていきたいと考えています。でも、実際に動けば動くほど子どもの「権利」が誤解されて
いると感じますね。
……誤解とは?
田部/義務も果たせない子どもに権利を与えると、生意気になって言うことを聞かなくなる。そう思っている人は多いですよ。でも、権利というのは誰もが当たり前に持っているものであって、義務を伴うものもあれば、伴わないものもあります。その整理すらできていませんね。子どもたちの権利を保障するには新しい子ども観が必要でしょう。これまで、子どもの健全育成と言われてきましたが、この概念は大人にとって都合のいい子どもを育てること。そうではなく、子ども一人ひとりの権利がきちんと保障されている権利醸成型社会を作りたい。そのためには、大人に子どもの権利を理解してもらわないといけないんです。
……子どもの権利を理解してもらうための情報発信は主に大人に向けておこなっているのですか?
田部/大人も子どもも両方です。実際には、子どもたちが一番、自分の権利意識が薄いですね。
竹村/権利の問題をとらえにくいのは子ども自身と、教師。親も難しいですけど。
……権利意識が薄いとは?
田部/自己肯定感を持っていないから、自分の権利を侵害されていることに気づけないでいますね。
竹村/日本の子どもは小学生の中〜高学年くらいが一番、自己肯定感が高くて、中学、高校になるとどんどん自己否定的になっていきます。統計を見ると「自分を好き」「どちらかと言えば好き」を併せても四割程度。他の国では年齢が高くなれば自己肯定的になっていくし、「自分を好き」の割合も八割ぐらいあります。子どもたちにもっと自信を持ってもらい、どう生きていくかと考えてもらうのが、ある意味、教育の役割じゃないかと、僕は思います。
田部/「自信」とは、自分を信じる力です。自分を信じることができる人は、自分の良い面も、悪い面も認めることができますから、「自分にできないことは、他の人にやってもらえばいい」と思えるし、そう思うことが人と一緒に何かをする、人と生きていくということにつながっていきます。
……なぜ子どもたちの自己肯定感が低いのでしょう?
田部/まず、0、1、2歳位までに育まれる人格形成
の基礎になる愛着形成の問題があります。この時期に安心して自分を預けられる大人がいて、信頼を体感して育つことができると自分も人も信頼できるようになります。また、今の子どもたちは学校の成績ですべてが、人間性すらはかられてしまう画一的な価値観の中で生きていることもあげられます。多様な価値観を知ることは違いを認める心の豊かさにもつながっていきます。今の子どもたちは自分の価値を他人の目、物差しではかっていて自分自身のままでOKなんだと感じることができにくい状態です。本当は、その人が今ここに生きている、存在しているそれだけで価値があることなんです。何ができる、何ができないというのは価値の問題ではないのですけど。あと、親の虐待。虐待といっても身体的、性的虐待やネグレクトなど、いわゆる一般的認識になっているものではないけれど英語(子ども虐待:child abuse)で言われている不適切な取り扱いという意味で、例えば親が路線を引いて、子どもが自分で判断する機会を奪ってしまう。親が子どもを支配するのも立派な虐待です。虐待というのは、子どもの権利主体を侵すことですから、普通の親子関係の中でも、親はいっぱい、子どもの権利を侵していますよ。
……子どもたちの現状をどうやって見抜くのですか?
田部/例えばチャイルドライン。これは「指示しない、指導しない、傾聴する」子どもの心を受け止めるフリーダイヤル子ども専用電話です。子どもたちは、テストの点数が上がって嬉しかったことから、今、自傷行為をしているということまで、あらゆることを話してくれます。それをまとめ、分析して年次報告としてしかるべきところに配布させていただいたり社会にフィードバックして、子どもの権利が保障される社会を整備していきたいと思うのです。
竹村/チャイルドライン事業では、現時点で県内に8ヶ所、7月からは9ヶ所拠点を設けています。これは地域づくりを考えているからです。つまり、子どもに関わる大人の意識を改革して、それぞれの地域で子どもたちを受け止める土壌を作りたいからです。
田部/大げさな言い方をすれば、世界中の意識を改革することでもありますよね。でも、それは一人ひとりから変えていくしかないのです。
三重県子どもNPOサポートセンターのパンフレットと、様々な事業の案内。

苦渋の決断で、団体の方向性を転換。

……センターが今のようなミッションを掲げるようになったきっかけは?
田部/センターの前身は子ども劇場おやこ劇場という組織でした。そこのミッションは、子どもたちが上質な舞台芸術に触れる場を作ること、それと同時に遊びを失いつつあった子どもたちに体験を取り戻すこと、つまり子どもの権利条約の31条ということになります。そして見守る大人集団を作ることも一つの目的でもありました。けれど、いつの間にかミッションがうすれて、手段である事業が目的になってしまっていたことに気付いたんです。
……組織の方向性を転換したのですか?
田部/組織の作り替えに3年ぐらいかかりましたでしょうか。事業を目的化させてしまっていたこともさることながら、実はニーズもなくなっていたんですよね。実は会員数の落ち込みはそれを如実に語っていたんです。
竹村/作り替えには血の出るような思いがたくさんありました。毎年行っている事業はそれなりにまだ成功していましたし、評価も受けていました。それを見直すのは大変なことです。でも、どういう目的を達成すれば、子どもたちが豊かに育つのかと考えると、お芝居やコンサートを開催するだけでいいのかと、疑問が沸いてきたのです。
……組織を作り替えるには、組織の人たちと考えを共有する必要がありますが、難しかったのでは?
田部/考えを共有する人を増やすには、何年もかかります。その点、私は竹村さんという第二のリーダーに恵まれました。
竹村/必ず、「前の方が良かった」という人はいますから、リスクは五分五分です。
田部/「嫌だ」と言う人がいて当たり前です。私自身の中にも転換に抵抗がなかったと言えば嘘になります。不安もあります。苦渋の決断でもありました。それまでしてきたことをできるだけ否定せずに移行させようと思いましたが、無理でした。組織のリーダーは、ミッションの対象である子どもたちは勿論のことメンバーの一人ひとりに対しても責任があります。ですから、方向転換をする時には、責任者として頭を下げました。それがなくては組織替えはできませんよね。そして、その後、なぜ否定しなければならなかったのかも含めて、すべてをメンバーに理解してもらう努力を通して、共有をつくっていきました。
竹村/メンバーと共有すると言っても、理屈だけではありません。話し合いも大事ですが、やはり実際に一緒に事業をやって実感すること。事業を積み重ね、田部さんの言っていたことが、納得できるような現場を作っていきました。
田部/事業の細かな所まで、しっかりミッションでおさえる。いき渡らせないと変わっていかないんです。方法論は何でも構いませんが、ミッションだけは共有します。人が変わるためには、共に汗を流す体験が重要なんですよ。人の行動は感情が支配していますから、その人がどういう考え方を持った人間性なのかを見極めて向かい合う。人が変われば組織のあり方も、世の中さえも変えられると、私は信じているんです。
……転換の中でも特に厳しかった部分は?
竹村/大きかったのは会の社会化。子ども劇場は会員制の団体だったので、どうしても視点が内向きになってしまいます。極端に言えば、会員さえ良ければいい。でも、すべての子どもを対象と考えた時には、もっと外を向かなければダメなんです。
田部/会の社会化とは、構成している人の社会化に他なりません。それは内部だけ向いていてはクリアできないことです。
……具体的にはどのようにクリアしましたか?
田部/子ども劇場の全国フォーラムである子ども・NPO全国フォーラムを三重県で開催し、テーマを会の社会化、子どもが育つ地域社会づくりにしました。この時、外部の人を組織する手段として、南中ソーランを取り入れました。何人くらい集めようかという話し合いの時出てきた人数は300人、500人…。多くて1000人。その時に竹村さんが「それぐらいの人数なら内部だけでもできるじゃん。一桁上げないと、外の人を組織することなんてできないよ!」と言ったことを、私はすごく覚えています。南中ソーランの団を作るために、全然知らない所に出向き、「一緒にやりましょう」と話して歩き、
5000人のソーランを作りあげるのです。メンバーに苦労をかける以上、それだけのメリットを戻すことは私の責任と思いました。それぞれの団体正会員が地域の中でそれなりの組織として認められることにつなげなければならないと思い事実そうなりました。
竹村/10年前にNPO法ができてからの変化を見ると、センターも団体正会員も確実に力をつけているのがわかります。センターに加盟している各地域の団体も、その市町から信頼を得て、委託事業を受ける所も増えてきました。子どもを対象とした分野で、行政から見て協働相手になるような、事業型のNPOにしたいと願ってきましたが、確実にそうなってきています。
……他の団体との関係は?
竹村/センターは中間支援組織ですが、政策だけ考えるとか、活動を評価するような団体ではなく、一緒に事業を行うことで各団体が力をつけられるような支援に重点を置いています。例えば、事業を行う際、センター単体で行わず、行政や企業、他団体を巻き込んで外に開いた実行委員会を作ること。団体正会員もできるところはそれぞれの地域を組織して中心的役割を担っていけるようにその運営を通して各団体をサポートする、協働事業実施型の中間支援だと思っています。
田部/センターを作る時、名称に「サポート」を入れるかどうか、すごく議論しました。センターだけが成長するのではなく、一緒に活動する団体すべてがグレードアップするようにしたいと思い、「サポート」の文字を入れました。全体のグレードが上がることは、三重県のNPOが強くなることでしょう。そのためには、各団体の自立の保証と、多様性を認めることが大切です。ですから「NO」が云える関係を大切にしています。事業を行う時も「今回は、参加しない」というのもOKです。竹村/自分たちの地域や団体にとってプラスになると思えば、参画してきますから。
……今後の展開は?
田部/私はNPOというのは「世の中変えてなんぼのもの」と思っています。自分たちのやりたいことをするのは大事ですが、自己満足に終わっているなら「NPOと名乗るな」と言いたいくらいの自負を自分たちのあり方には持っています。今後センターのミッションも、子どもたちのおかれている状況やニーズに併せて変化していくでしょう。そこをしっかりキャッチして自分たちのミッションとし、事業に落とし込んでいく。それが私たちの仕事だと思っています。ですから結果的にNPOは世の中を変えることになっていくのでしょう。

【データ】
514-0125 津市大里窪田町2709-1 Tel.059-232-0270
Fax.059-232-0271 E-mail mie-kodomo-npo@za.ztv.ne.jp
ホームページ http://mie-kodomo-npo.org/
●代表者/理事長 田部眞樹子
●団体設立年月日/1991年12月9日
●NPO法人化年月日/1999年7月22日
●会員数/団体正会員9団体、個人正会員22人
●会費/団体正会員一口3万円(2口以上)、個人正会員一口5000円、支援会員個人一口5000円、賛助会員一口3万円、ボランタリー会員一口1000円


おねがい
市民活動・ボランティアニュースに情報を提供される際、以下のことにご留意のうえ、積極的なご活用を期待しています。
(1)原稿はニュースにそのまま掲載できる状態にして、毎月10日までにお送りください。
(2)送付はE-mail(ない方はFAX)で。その際、「市民活動・ボランティアニュースへの掲載のお願い」と件名を明記してください。
E-mail center@mienpo.net Fax.059-222-5971


転載を希望される場合は必ず「みえ県民交流センター指定管理者:みえNPOセンター・ワーカーズコープ」に連絡してください。
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